初乗りからの当て逃げ

green leafed trees

今年の初乗り、いつものポイントで済ませた帰り道、当て逃げに遭いました。
停車中ではなく走行中です。

車内に自分一人だったということもあって、咄嗟の時って案外何も考えられないものですね。

ドラレコの映像確認しても一緒に入っている音声を聞く限りフリーズしているのがわかる。

それでも接触後近くのコンビニへ行ってぶつかった所を確認したところまでは良かったのかな。

本当ならそのまま近くの警察署へ行ってSDカードを出してその場で確認してもらうのが良かったのだろうけど…。

こんな新年の幕開けとなりましたが、明日から営業スタートです!

怪我もないし張り切って参ります!
ご予約お待ちしています。

タイヤ交換しました

snow covered forest field

今日は二十四節気の一つ「大雪」。
本格的に雪が降り始める日と言われています。

鳥取市は数日前にミゾレやアラレが降りました。
例年より少し早いような気もしています。

その日を境にご近所からタイヤ交換の音が。
私は自分で交換できないので、先日知人のMさんに連絡しました。

去年までは某大手チェーン店に出していたけど、今年から車のメンテナンスすべてをMさんにお願いすることにしました。

今回はタイヤ交換、オイルとエレメント交換。
今の仕事を始めるずっと前、まだ調剤薬局で働いていた頃一緒に働いていた先輩Mさんの旦那さんが今年独立されたのです。

職場を離れてからもずっと、年に数回は会っていてご飯に行ったり年賀状のやりとりなど交流は続いていました。
その旦那さんもまた面白い方で夫婦ともども可愛がってくれています。

お店は私の家から車で20分ほどかかるのだけど、それでも頼みたい、任せたいと思うのはやっぱり人柄なんだろうなと思います。
これは職種が違えども共通することで、私もそんな風に選ばれたいなーなんて。

ぶつぶつ。。

選ばれるってなんだろう。
知識、人柄、話しやすさ・・・。
きっとすべて。

解らないなりに突いてみたら。

seaside

開業当初、HPをどうしようといろいろ悩んだ末、WordPressを選びました。
外注に出せばきっとシュッとした素敵なものができたんだろうけど、とりあえずなんでも自分でやってみたい人なのでこれにした。

先日2周年を迎え、SNSも使いながらのHP管理は私にとって距離感を取るのが難しかった。
専門知識がないから当然解らないことが多いし、かといって腰を据えて調べる余裕もなくこれまでやってきた。


けれど、地味に不便なことが増えてきて、いよいよこのままではいかんと。


定休日の今日、波もあったし海へ行くつもりだったけど、いまいち体調が優れず引きこもることにした。
そんな感じで時間がぽかっと空いたので、一つずつ困りごとに取り組んでみた。


専門用語も解らないから、調べ方もゆっくりで、随分と時間がかかったし全部やり切ったわけでもないけど、少しは使いやすくなったかな。

編集後にFB開いたら早速変化が見えて嬉しくなった。
WordPressってアレンジが効くけど、これはあくまで知っている人が使いやすいようになっているってだけなのでやっぱり頼れる人が近くにいるといいと思う。

専門職の人がかなり近くにいるけど、近すぎて頼めないのはよくある話。

いいの。
達成感あるから。

明日はヒト幹細胞の勉強会。
今夜も美容液導入して綺麗綺麗になりました。

リバウンド消費

photo of a woman holding shopping bags

コロナが無くなったわけではないし不安も消えないけど、緊急事態宣言の解除やそれにともなう飲食店向けのお酒の提供、時短営業等緩和されるそうですね。

長きに渡り随分と振り回されて都会の方は特に大変だったと思います。

「リバウンド消費」という言葉を昨日知りました。

コロナ禍で我慢していた方たちが、それまで使わず置いていたお金をパーッと使うことらしい。

いいと思う。

うん。

いいと思う。

少々高くても欲しかったもの、我慢してきたんだし。経済回るしいいと思う。

飲食店でも高級志向というか、一人単価が上がってるそうです。

なんとなく都会の話、遠い話に聞こるのは私だけかな。鳥取ではあまり関係ないかも。

たまにはボヤきたい時もある。

緊急事態宣言が出て、再び制限の中のGWになりそう。

どの程度の効果があるのかよくわからないけど。

1年前と比べてむしろ今のほうが状況が悪く見える。

政府が決めたことに対してどうのこうの言うても仕方ないけど、どこに向かおうとしているのか、どうしたいのかがよくわからないと思うのは私だけかな。

目先のこと(オリンピック)をしたいが為だけに右往左往しているように見えるのです。

予定通りするとして、今のままでは無観客になる…というかそうなるのだろうけど、純粋に代表に選ばれた選手の心情を考えると「アスリートファースト」ってなんだろうなって思っちゃう。

1年延期になったことで出られなくなった方もおられるわけだし。

ただでさえそう長くない選手生命。

ウィルスが原因ではあるけど。

ある意味災害ともいえるし、途中からはもはや人災とも言える。

一般人でさえこんな風に思うのだから選手自身はもっと不安だろうなと、メンタル鍛えれるしとか言ってられないよね。

コロナ禍が始まってから国も県も企業に対して支援にたいしてありがたいなと思っています。

が、その反面飲食や宿泊業だけがサービス業じゃないし緊急事態宣言が出ている地域だけが打撃を受けているわけではないのだよって。新しい支援金等の情報もたいてい飲食業が中心だから情報を見たとてため息が混じります。

中途半端にしか見えない5月11日までの制限も、その先の明るい部分をぜひ見せてほしい。

私にはすぐに第5波が見えてるけど。

セラピストの未来

【過疎新法成立 期間10年】
コロナウィルスの出現で本当に世の中変わったんだな。

法律までもいとも簡単に(語弊あるか…)変えてしまう。
これまで過疎地支援の目的は「自立促進」だったけれど、「持続的発展」となったそうです。

感染拡大での人口密集リスクの顕在化により「東京一極集中の是正と地方分散の加速を目指す」として対象地域がこれまでより3割増え820市町村に。

支援の重点分野
・企業移転による雇用創出
・テレワークや遠隔医療、遠隔教育などデジタル化の推進
・交通手段や買い物、子育て環境確保
などが挙げられた。

コロナ禍に巻き込まれて早1年以上。

そう広くない空間に短くても約2時間(うちの場合)一緒にいることになることで来店を控えるお客様も増えました。
この事でいわゆるセラピスト業界(アロマ、エステティック、整体など)は打撃を受けたところが多かったように感じます。

オンライン化はこれからもどんどん進んでいくでしょう。
けれど、私達の仕事はあくまでも『手当て』の延長線上(と、思っている)。
決してオンライン化ではどうしても伝えられない温もりと、感触は伝えられないのです。
そして、ロボットの技術が上がったとて、生身の人間には敵わないと信じています。



香りもまた然りで、人によって香る強さも異なれば感じ方も違う。
だから直接届けるべく、出張もできる範囲で伺います。

・遠くていけない
・体力的にたどり着けない
など、色々あるかと思います。

もともと持ち運びがしやすいようにうちのベッドは軽量(といってもそれなりにありますが)タイプです。
出張ありきでこれを選んだところがあるのでお困りの方はご相談ください。

置くスペースはシングルベッド+αほど、その他に精油やそれに伴う小物類を置くためのテーブルのようなものがあれば大変喜びます。
もうひとつ大事なのが部屋の温度を温かく出来るようにしていただくこと。
ご自身が寒く感じませんように。

先日若桜町へ出張する機会を頂きまして楽しくて仕方なかったんです。
その後鹿野町でのお話も進行中。
いつもと違うところでの施術は私自身のテンションも上がるし新鮮です。
その場その場でかかっている音楽や匂いが違うから。

今度は海寄りでやりたいな。

興味のある方はご相談ください。

わたしの3・11とその後

東日本大震災が発生してからもう10年。あっという間すぎて実感がないけど、あの日のことは今でも鮮明に覚えています。

delicate cherry blossoms on twigs under blue sky

当時、サーフィンに関わる仕事をしていましてこの日もそろそろ出かけようかという頃でした。リビングに降りて付いていたテレビを見ると津波の映像が。最初は理解が出来なくて、津波かとわかった後も海外のことだと思ってた。けど、そうではなかった。

関東の本社に連絡を取ろうにも電話は繋がらず、ようやく取れたのは数日後。東北沖で起った地震で発表された津波警報は全国が対象となりました。これは本当に異常事態。しばらく仕事はお休みして自宅待機となりました。

この年、JPSA日本サーフィン連盟のプロトライアルを受けるためにアマチュア登録をしたところで、初戦の茨城県での開催をめぐり色々と議論がありました。一瞬の迷いがあったものの私は出場することを選びました。この判断に顔を曇らせる方もおりましたが、主催者がやると言ったらあとは自己責任ですし、この決断に対して後悔はありません。一緒に行ってくださったKさんには今でも感謝しています。
行こうと思った理由の一つはテレビやネットで流れてくる情報ではなく、自分の目で確かめたかったから。この大会に出向くことで移動と飲食と宿泊をすることで少しでも復興に繋がるのならとの思いです。
それともう一つは知人に会いたかった。

試合会場となった鉾田市には前年にも訪れていて、だからこそどうなったのかを見たかった。実際は家の半壊や全壊が多く見られ、ビーチに出るまでの路地の道も陥没している状態。当時、地元の方々からも相当色んな意見があったと思います。それでも最終的に会場を提供して頂いたことは本当にありがたかったです。
そして、当時まだアマチュアとして出場していた知人に会えたこと。地震当日お昼頃に彼女はブログで「今海上がったところ。」と海の側にいたから。その後ブログの更新がなく被害に遭ってしまったのかと思っていたけど数日後無事の報告をもらいました。その彼女の顔が見たかった。文章上での「大丈夫」はまったく信じれなくて、顔を見て、声を聞いて安心したかったのです。大会当日にも余震があり、サイレンが鳴り、どことなく心がふわふわしていました。

この地震による津波で家族を失った方はとても多く、未だに戻って来られない方も多いと聞きます。昨夜、ご家族の元にご遺骨が帰ったとのニュースを見ました。何年経ってもいい。戻ってくれさえすればいい。いつまでも帰って来てくれないと心の整理がつかない。明日にでもふらりと戻ってくるんじゃないかって思うのです。
私の父は海で亡くなり、しばらく行方不明で事故から3週間後にようやく発見されました。あてもなく捜索を続けるという作業がどれほどのものか痛いほどわかります。

自然災害故にどうしても避けられないこともありますが、過信しないこと、災害に対しての知識を積極的に得る努力をすること、そして発信すること。
これは今後も続けていこうと思います。